• 組織の話 2026.06.02

    「好き」が参加を生む(シリーズ「参加型組織について考える」第2回)

    「好き」が参加を生む(シリーズ「参加型組織について考える」第2回)

    自然と参加する

    前回、「あんどぷらすは参加型組織という側面がある」という話を書きました。(あんどぷらすという組織
    今回はシリーズ2回目となります。

    理念への共感だけで成立するというよりも、実際の関わりや共同作業を通じて、徐々に組織理解が立ち上がっていく。
    そんな構造があるのではないか、という話です。

    その流れの中で、最近ずっと考えていることがあります。

    それは、「なぜ自然と参加していく人がいるのか」ということです。

    指示されなくても動く人がいる

    組織の中には、言われなくても関わりに行く人がいます。

    例えば、

    * 頼まれていないのに調べる
    * 他人の実装を見に行く
    * 気になった部分を直す
    * 会話の流れから課題を察知する
    * 自分の担当外でも意見を出す

    みたいな動きですね。

    もちろん、全員が常にそう動くわけではありません。

    ただ、長く組織を見ていると、「自然と参加していく人」が一定数いることに気付きます。

    しかも、その行動って、義務感だけでは説明しきれないんですよね。

    「好き」が行動を生む

    最近は、この違いの根っこには、「好き」があるのではないかと感じています。

    ここでいう「好き」は、単なる趣味や憧れではありません。

    例えば、

    * 技術そのものが好き
    * 綺麗な実装を見ると嬉しい
    * デザインを考えるのが楽しい
    * 問題解決そのものに興味がある
    * 全体構造を理解したくなる
    * 良い体験を作りたい

    みたいな、「対象に対して自然と関心が向き続ける状態」です。

    そういう人って、別に“頑張って参加している”感覚ではないんですよね。

    気になるから見る。
    好きだから触る。
    気持ち悪いから直す。
    面白いから深掘る。

    結果として、自然と関与量が増えていく。

    たぶん、参加型組織って、この“自然発生する関与”によって支えられている部分がかなり大きいんだと思います。

    「自走」の正体

    あんどぷらすでは昔から「自走」という言葉を使っています。

    ただ最近、この言葉の解像度も少し変わってきました。

    以前は、

    * 主体性
    * 自律
    * 能動性

    みたいな意味で捉えていた部分がありました。

    でも実際には、「好きだから見に行ってしまう」という感覚のほうが、かなり本質に近かったのかもしれません。

    つまり、“努力して自走している”というより、“気付いたら関与している”。

    だから、自走って根性論ではなく、「関心が自然と行動を発生させている状態」なのかもしれないな、と最近は思っています。

    熱量は伝播する

    そしてもう一つ面白いのが、「好き」で動いている人って、周囲にも影響を与えるんですよね。

    例えば、

    * 楽しそうに深掘りしている人
    * 異常に細部へこだわる人
    * なぜかずっと改善している人

    って、周囲の温度を少し変える。

    もちろん、全員が同じ熱量になるわけではありません。

    でも、「そこまで考えるんだ」「そこまで見るんだ」という空気は、組織の中に少しずつ蓄積されていく。

    逆に、この熱量が減っていくと、参加型組織はかなり弱くなる気がしています。

    北風では参加は生まれにくい

    一方で、参加って強制ではあまり生まれません。

    「もっと主体的に」
    「自走してください」
    「自分で考えて」

    みたいな言葉だけを強くしても、人はそこまで自然には動かない。

    むしろ、監視や圧力が強くなるほど、「最低限求められたことだけをやる」という動きになりやすい気がしています。

    たぶん、“参加”って、「やらされるもの」ではなく、「自然と関わりたくなる状態」に近いんですよね。

    だから重要なのは、管理を強くすることだけではなく、

    * 好きでいられること
    * 面白がれること
    * 関心を持ち続けられること

    なのかもしれません。

    Memo

    最近は、参加型組織というものを、「制度によって成立する組織」というより、「好きによって自然参加が発生する組織」として見るようになってきています。

    もちろん、構造や制度は重要です。
    ただ、それだけでは、人の関与までは生まれない。

    最後に参加を発生させるのは、「もっと知りたい」「もっと良くしたい」「もっと理解したい」という、人間側の熱量なんだろうなと思っています。

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